東京地方裁判所 平成6年(特わ)3325号 判決 1997年12月16日
本店所在地
東京都江戸川区西小岩五丁目四番一四号
仲位商事株式会社
(右代表者代表取締役 中田厚)
本籍
東京都江戸川区西小岩二丁目七一五番地
住居
同区西小岩五丁目四番一四号
会社役員
中田厚
昭和一四年二月二一日生
右両名に対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官藤原光秀、弁護人今野昭昌(主任)、同野崎晃、同千葉和彦、同竹澤秀明、同田中徹、同平山隆幸各主席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人仲位商事株式会社を罰金二億五〇〇〇万円に、被告人中田厚を懲役二年二月に処する。
被告人中田厚に対し、未決勾留日数中八〇日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人仲位商事株式会社(以下「被告会社」という)は、東京都江戸川区西小岩五丁目四番一四号に本店をおき、国内・海外の商品取引市場における繊維・乾繭・ゴム・農産物・砂糖及び貴金属の売買等を目的とする資本金二〇〇〇万円の株式会社であり、被告人中田厚(以下「被告人」という)は、被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括しているものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、架空の売買損を計上するなどの方法により所得を秘匿した上
第一 平成二年六月一日から平成三年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が六億五七七九万二九二〇円(別紙1修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成三年七月三一日、東京都江戸川区平井一丁目一六番一一号所在の所轄江戸川税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が一億四三四六万六六七六円で、これに対する法人税額が五二二一万四八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(平成七年押第四二九号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額二億四五〇八万七〇〇〇円と右申告税額との差額一億九二八七万二二〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)を免れ
第二 平成三年六月一日から平成四年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一一億二八八一万二〇一〇円(別紙2修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成四年七月三一日、前記江戸川税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が八九七五万三三〇四円で、これに対する法人税額が三二八九万七三〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の2)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額四億二二五四万四五〇〇円と右申告税額との差額三億八九六四万七二〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)を免れ
第三 平成四年六月一日から平成五年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が三二億三四〇一万一二一九円(別紙3修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成五年八月二日、前記江戸川税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が二〇億四三二三万一九四六円で、これに対する法人税額が七億六五四三万二二〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書(同押号の3)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額一二億一一九七万四七〇〇円と右申告税額との差額四億四六五四万二五〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
※ 括弧内の甲乙を付した番号は、証拠等関係カード記載の検察官請求証拠の番号であり、☆は証拠調べ請求が撤回ないし却下された部分を除くことを示す。
判示全事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 第一回、第二回、第一三回ないし第一八回、第二二回及び第二三回公判調書中の被告人の各供述部分
一 被告人の検察官に対する供述調書一〇通(乙二ないし四、六ないし一二)
一 第三回及び第四回公判調書中の証人中條一彦の各供述部分
一 第五回、第六回及び第二〇回公判調書中の証人小走久和の各供述部分
一 第七回公判調書中の証人藤田博史の供述部分
一 証人藤田博史及び同鶯原知弘に対する当裁判所の各尋問調書
一 小走久和(四通=甲一四☆、一五☆、一七☆、一九☆)、中條一彦(三通=甲二七☆、二八☆、二九)、中田正子(二通=甲三〇、三一)、藤田博史(二通=甲三三☆、三四☆)、乙部幸一郎(三通=甲四〇、四二、四三)、浅田義郎(甲四五)、高橋徹男(甲四六)、牛山六夫(甲四七)、日暮弘(甲四九)、太田今代(甲五〇)、山村哲朗(二通=甲五一、五三)、伊藤源次(甲五四)、向野浩(甲五六)、森祥輔(甲五八)及び梶本清三郎(甲五九)の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の販売手数料調査書(甲五)、接待交際費調査書(甲七)、交際費等の損金不算入額調査書(甲九)、領置てん末書(甲六六)及び報告書(三通=甲七一ないし七三)
一 検察事務官作成の捜査報告書一二通(甲六、八、六四、七〇、七五、七八ないし八三、八七)
一 登記官作成の登記簿(乙一四)及び閉鎖登記用紙(五通=乙一五ないし一九)の各謄本
判示第二及び第三の各事実について
一 大蔵事務官作成の事業税認定損調査書(甲一一)
判示第一の事実について
一 大蔵事務官作成の寄附金の損金不算入額調査書(甲一〇)
一 押収してある法人税確定申告書一袋(平成七年押第四二九号の1)
判示第二の事実について
一 押収してある法人税確定申告書一袋(同押号の2)
判示第三の事実について
一 押収してある法人税確定申告書一袋(同押号の3)
(法令の適用)
※ 以下の「刑法」は、平成七年法律第九一号による改正前のものをいう。
被告人の判示各所為はいずれも法人税法一五九条一項に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年二月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中八〇日を右刑に算入し、さらに、被告人の判示各所為は被告会社の業務に関してなされたものであるから、被告会社については法人税法一六四条一項により同法一五九条一項所定の罰金刑に処せられるべきところ、情状によりいずれも同条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告会社を罰金二億五〇〇〇万円に処し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人及び被告会社に連帯して負担させることとする。
(争点に対する判断)
第一争点の概要
一 検察官の主張
検察官が本件における所得秘匿工作及びほ脱所得として主張するところは、以下のとおりである。
1 被告人は、平成三年四月から、海外先物取引の取次業者である株式会社ジャプロ(以下「ジャプロ」という)に対し、裏金取得を目的として、被告会社において海外先物取引の架空取引を注文委託し、同取引により架空清算取引売買損を発生させてこれを計上するとともに、計上した損失分を一旦被告会社がジャプロに払い込み、同社から謝礼を控除した約九割を簿外資金として返戻させた(架空売買損の金額は、平成三年五月期九六〇二万二五六〇円、平成四年五月期四億四八一二万三四六六円、平成五年五月期一〇億四三六六万八六六一円、合計一五億八七八一万四六八七円である《金額につき、甲七一の捜査報告書参照》。以下、その発生根拠となる取引分を「海外取引<1>」という)。
2 被告人は、ジャプロに対し、被告会社が同社に対して注文委託した海外先物取引の架空取引のうち、平成四年五月三一日及び平成五年五月三一日の被告会社の各決算期前に損益を計上する分については故意に損失を出し、決算期後に損益を計上する分については利益を出すように指示して、架空清算取引売買損を発生させてこれを計上した(平成四年五月期六億〇一五六万二二二五円、平成五年五月期六億四二八一万二六八九円、合計一二億四四三七万四九一四円《金額につき、甲七一の捜査報告書参照》。以下、その発生根拠となる取引分を「海外取引<2>」という)。
3 被告人は、市場外における商品の相対取引の仲介業者である福原商事に対し、福原商事を介した被告会社と乙部米穀株式会社、大石商事株式会社、鍋島物産株式会社及び株式会社エーアンドディらとの間の架空の小豆ザラバ取引について、平成三年五月三一日、平成四年五月三一日及び平成五年五月三一日の被告会社の各決算期の前に損益を計上する分については故意に損失を出し、決算期後に損益を計上する分については利益を出すように指示して、架空清算取引売買損を発生させてこれを計上した(平成三年五月期四億一九一六万円、平成四年五月期三億五四四八万円、平成五年五月期五億〇四九六万円、合計一二億七八六〇万円《金額につき、検察官の平成九年五月三〇日付け意見書参照》。以下、その発生根拠となる取引分を「ザラバ取引<1>」という)。
4 被告人は、福原商事に対し、福原商事を介した被告会社と有伸商事株式会社及び有限会社大雄商行との間の架空の小豆ザラバ取引について、平成四年五月三一日及び平成五年五月三一日の被告会社の各決算期の前に損益を計上する分については故意に損失を出し、決算期後に損益を計上する分については利益を出すように指示して、架空清算取引売買損を発生させてこれを計上した(平成四年五月期一億〇四一六万円、平成五年五月期五三三二万円、合計一億五七四八万円《金額につき、前記意見書参照》。以下、その発生根拠となる取引分を「ザラバ取引<2>」という)。
二 弁護人の主張及び被告人の供述
弁護人は、右各取引のうち海外取引<1>が裏金取得を目的として注文委託した取引であって、この取引による損失額が公表損金額から控除されることは争わないものの、その余の取引については、被告人が正規の取引として各仲介業者に対して注文を出したものであって、少なくとも被告人には架空取引との認識はなく、被告人はその営業戦略に基づいてこれらの取引を行っているのであるから、これらは所得秘匿工作ではなく、税を免れるための不正行為でもない旨主張し、被告人もこれに沿った供述をしている。
三 判断の順序等
そこで、以下、海外取引<2>、ザラバ取引<1>及びザラバ取引<2>が所得秘匿工作に当たるか否かなどについて順次検討する。この検討に必要な限度において、海外取引<1>及びその他のザラバ取引(後述のザラバ取引<3>)に言及することとする。
引用する証拠の特定の関係では、証拠の標目欄と同様に甲乙を付した番号を用いる。なお、弁を付した暗号は証拠等関係カードにおける弁護人請求証拠の番号である。また、証人の供述は、公判調書中の供述記載と当裁判所の尋問調書を問わず「○○証言」と略記し、被告人の公判供述は、公判調書中の供述記載と当公判廷における供述を通じて「(被告人の)公判供述」と略記する。
第二海外取引<2>について
一 海外取<1>引及び<2>の経緯等
検察官の主張においては、被告会社のジャプロへの注文取引は、裏金取得を目的とする海外取引<1>として始められ、その取引が行われていた中で海外取引<2>が行われるようになったとされているので、まず、これらの取引の経緯等について検討する。
1 海外取引<1>及び<2>の基本的事実関係
関係証拠によれば、海外取引<1>及び<2>の経緯に関する基本的事実関係は、以下のとおりであったと認められる(当事者間においてもほぼ争いがない)。
(一) 被告人は、平成三年三月ころ、ジャプロの社長である中條一彦(以下「中條」という)の訪問を受け、同人から「今度、ジャプロという会社で、アメリカの商品取引の取り次ぎをやるようになりました。社長の方からもこの会社に注文をいただけないでしょうか」と独立開業の挨拶と、海外先物取引の注文を出して欲しいとの依頼を受けた。
(二) さらに、中條はその時被告人に対し「社長、うちと取引してくれたら、利益を隠して裏金を作れますよ」と海外先物取引をやって被告会社が損を出したことにして、その損を裏金にまわす方法で裏金を作るという話を持ちかけたが、被告人は中條に対してその場ですぐには返事をしなかった。
(三) その後、被告人は当時アメリカのゴルフ場投資の件で資金を必要としていたことなどから裏金作りをしようと考えるようになり、中條に連絡して、かねて同人が提案していた裏金作りの話を受け入れることにした。
(四) そして、被告人と中條との間で、被告会社からジャプロに海外先物取引の注文を出し、被告会社に損失が出た時点で取引を終了させて被告会社に損失を計上し、被告会社は右損失分を一旦ジャプロに払い込んだ上、そのうち約一割をジャプロに謝礼として残した残りの約九割を簿外資金としてジャプロから返戻を受けることとして、被告会社とジャプロとの間での海外先物取引の注文委託が行われるようになった。
(五) 被告人は、電話で中條に連絡し「大体これくらい損を出したい」とか「これくらいの損を出すには、今だと何を何枚くらい買えばいいのかな(または『売ればいいのかな』)」などと言って、中條の助言を得ながら注文を出して、中條から出ている損失額を聞いて手仕舞いし、手数料や生じた損失額をジャプロに振込送金や手形及び小切手という記録の残る方法で支払っていた。
(六) 中條は、被告人から注文を受けても、市場に注文は出さずにこれを呑み、架空の客の注文を被告人の建玉に向かわせたことにして取引を成立させたように仮装し、被告会社から支払を受けた手数料や架空の損失額の約九割に相当する金員を現金で被告人宅に持参し、被告人はこれを裏金として受け入れていた。以上が海外取引<1>である。
(七) 中條は海外取引<1>の関係で利益を得たことになる架空の客については、税務当局に注目されないように、一人の架空客が儲けたことにする金額を二〇〇万円ないし三〇〇万円を限度とするようにし、多くの手間をかけて、多数の架空客を作り出し、その関係の伝票、報告書、いわゆるイタ勘等の書類を作成した。
(八) 中條は海外取引<2>についても、被告人からの注文を市場に取り次がずにこれを呑み、架空の客の注文を被告人の建玉に向かわせたことにしており、架空客の関係書類を作成していたことは、海外取引<1>と同様であったが、被告会社の損失額の約九割を裏金として返戻することはせず、平成四年五月期及び平成五年五月期の被告会社の各決算期を挟んで、決算期前の五月中には被告会社に損失が出ている建玉を手仕舞い、決算期後の六、七月には被告会社に利益が出ている建玉を手仕舞うというものであり、結局、それぞれの損失額と利益額を総計すると、被告会社にいくらかの損失が出て、ジャプロの客の方にいくらかの利益が残るという内容の取引であった。
2 中條が呑んでいたことについての被告人の認識
右1(六)、(八)のとおり、中條は、海外取引<1>及び<2>の注文を現実には市場に取り次がず、呑んでいたものであるが、検察官は、被告人がこのような操作について認識していたと推認できると主張するので、検討する。
被告人は、調査及び捜査の段階から一貫して、中條が海外取引<1>及び<2>の注文を呑んでいたことは知らなかった旨の供述をしており、また、中條も、被告人には注文を呑んでいたことは黙っていた旨供述している(検察官調書《甲二七》及び証言)。したがって、被告人が中條から、被告会社からの注文を呑んでいたとの実態を告げられていたとは認められない。被告人の関心が、海外取引<1>については、主として損失額の九割が裏金として還流してくることにあり、海外取引<2>については、ジャプロへの手数料をできるだけ少なくして、決算期前に多くの損失を出したことにして被告会社の所得を圧縮し、決算期後にその損失に見合う利益を出したことにすることにあり、これらの過程で中條が具体的にどのような操作をしているのかについて被告人が特に関心を示していたとの事情は窺われないことからすると、被告人の注文を中條が市場に取り次がずに呑んでいたことまで被告人が認識していたと断定することは困難である。もっとも、被告人は先物取引のプロ中のプロともいうべき専門家であるから、裏金作りのために被告人の注文をわざわざ海外市場に取り次げば各種の問題が生じるであろうことは、その点に関心を持って検討すれば容易に知り得たものと思われる。したがって、海外取引<1>及び<2>の継続中のいずれかの時点で中條が呑んでいることに気付いていたのではないかと疑われるところではある。そして、後記のとおり、時期的に重なるザラバ取引<1>及び<2>が架空取引であると認識していたと認められること、特に海外取引<2>については、中條が被告人から「反対売買の分を作らなくてもいいんじゃないか」という趣旨のことを言われたと供述していることからすると、少なくとも海外取引<2>については、呑んでいることの認識があったのではないかと強く疑われるところではある。しかし、海外取引<2>の関係では、海外取引<1>とは異なり、決算期前に発生した架空客の利益の大部分が決算期後に被告会社に損失として戻される結果、一旦生じた架空客の利益がそのまま架空客に残るということにはならないので、中條において、架空客を新たに多く作り出す必要はなくなっているから、被告人も「反対売買の分を作らなくてもいいんじゃないか」という話をしたとも考えられること、前述した被告人の主たる関心の点のほか、被告人が中條に海外取引<1>及び<2>の取引内容を任せっきりにしていたわけではなく、具体的な注文もしていたことを考慮すると、やはり、被告人が中條が呑んでいることに気付いていたと断定することは躊躇されるところである。この点に関する検察官の主張は採用できない。
3 架空客名義による向かい玉等の被告人の認識
しかしながら、海外取引<1>について、ジャプロが被告会社の損失を裏金として還流するためには、これに対応する利益をジャプロで確保する必要があり、そのためには、ジャプロにおいて被告会社の建玉に向かう注文を出す必要がある。
そして、被告人は捜査段階で「仲位商事(被告会社)が損を出すような注文を通した場合、そのままだと仲位商事が出した損はアメリカの商品取引所にとられてしまう。そこで、仲位商事が建てた玉にジャプロなり架空の客なりが向かい玉を建てておけば、仲位商事が損を出した分だけその向かい玉の方は必ず儲かることになるので、そのようにして架空の儲けを出して、そのうちの九割を裏金としてくれるのだと思っていました」と供述している(検察官調書《乙二》)。また、中條も「中田(被告人)は、計算上の損失分の約九割に相当する現金を裏金として戻していたことから、私が海外取引により利益を得たことにする架空の顧客を作って、それにより、仲位商事に裏金を戻すことができるのだということくらい分かっていたはずでした」と供述している(検察官調書《甲二七》)。
これに対して、被告人は公判廷において、海外取引<1>に関する中條との話は、ジャプロ自身あるいは多額の損失を出していたジャプロの実在の顧客が被告会社の建玉に向かう玉を建て、その向かい玉で出た利益から被告会社に裏金を還流するというものであったとして、被告会社の建玉に向かう玉を建てるのが架空の客であることの認識もなかったかのように供述する。しかしながら、向かい玉を建てるのが実在の客であれば、その利益の九割を被告会社に還流させることは不可能もしくは著しく困難となることは明らかであるから、右公判供述はそれ自体不合理であり、捜査段階の前記供述に照らし信用しがたい。
したがって、被告人は、海外取引<1>を始めるに当たって、被告会社に裏金を還流するために、ジャプロにおいて、少なくとも、被告会社の建玉に向かって架空の客の玉を建てるという工作をすることは認識していたものと認められる。
海外取引<2>についても、被告人が特段の指示等をしない限り、中條において同様の工作に出ることは、被告人も十分予測できるところであるし、中條供述によって被告人がその点を十分認識していたものと認められる。
4 海外取引<1>の性質
以上によれば、被告会社とジャプロとの間の注文委託取引は、海外取引<1>として始められたが、その取引の実際は、被告会社が注文を出した取引についてジャプロにおいてこれを市場に取り次がず、他方、被告会社の注文に向かった玉を建てたことを仮装して、被告会社が建てた玉について損失を出し、これに対する向かい玉に利益が出たことにして、その約九割を被告会社に裏金として還流するというものであり、客観的には全くの架空取引であったが、被告人が認識していたところにおいても、被告会社に向かう玉を建てるのは、被告会社に還流する裏金を作るための利益を出す架空の客であり、このような架空の客による向かい玉を利用しての海外先物取引はそれが市場に取り次がれていたとしても、税法上の所得算定の関係では全体として一種の架空取引とみるのが相当であって、海外取引<1>は被告人の認識に従ってもやはり架空取引というべきである。
二 海外取引<2>の内容
1 中條証言の概要
中條は、海外取引<2>の経緯について概略次のように証言している。
ジャプロと被告会社との取引で、平成四年五月が手仕舞いとなる取引で約六億五〇〇〇万円の損失(委託手数料込みの金額。以下同様)が出る分について、その一連の取引の始まったころは漠然とその一〇パーセントを報酬としてもらえると思っていた。しかし、その後、被告人から、ジャプロの報酬について、損失額の一〇パーセントではなくて、五月に損を出して、六月、七月に益を出すようにして、その差額分をジャプロの報酬としようという話が出てきた。被告人は、反対売買の分を作らなくてもいいので、手間がかからないから、手数料をまけてくれと言ってきた。その差額は一〇〇〇万円で、終わってみたらそういうことだった。平成五年五月が手仕舞いとなる取引で約六億七〇〇〇万円損失が出る分についても、被告人からの話により、前年と同様に、五月分に損失を出して、六月以降にまた利益を出す取引をすることになった。被告人から国内の商品相場で非常にお金がかかっているからおまけしてくれといわれ、その手数料は二〇〇〇万円ということになった。
2 中條証言の信用性
右中條証言には若干曖昧な部分があるが、被告人からの話により、被告会社とジャプロとの間の海外先物取引の注文取引について、被告会社の各決算期である平成四年五月末及び平成五年五月末の前では損失を出し、各決算期の後で利益を出し、その差額をジャプロの報酬とすることとなったとの趣旨は明らかである。そして、中條は、被告人に無断で被告会社からの注文を市場に取り次がずに呑んでいたこと自体は認めた上で右のとおり供述しているのであって、さらに、自己に不利益な事実を隠しているようには窺われない。被告人が商品先物取引業界にあって、大手の相場師として著名な人物であることからすれば、このような相場師からの大口の注文を受けて手数料を稼いでいる仲介業者が、被告人をはばかり、あるいは、被告人に恩を着せて将来有利な取引関係を築こうとして被告人を庇うような供述をするということは考えられても、あえて被告人に不利益な虚偽の供述をするとは考えにくいところである。また、中條証言の内容も、これまでと同様に被告会社の損失額の一割が手元に残ると思っていたところ、被告人から報酬について損益の差額で済ませてくれと頼まれたとの海外取引<2>が行われる(手仕舞われる)ようになった端緒の部分は、ごく自然な内容である。以上によれば、前記1の中條証言は十分信用することができる。
3 弁護人指摘の疑問点について
弁護人は、中條証言が信用できない理由として、(1)中條は、平成四年五月ころに被告人との間で損益の差額をジャプロの報酬とする合意をしたと供述しているが、右供述は、検察官の誘導により修正を重ねた末になされたものである上、損益の結果が確定していない五月にその差の一〇〇〇万円を手数料にすると合意することは不可能であること、(2)中條証言によれば、海外取引<2>に関連して作成されたとされるメモ(甲七七)は、被告人からの問い合わせに答えるために作成された備忘録で、作成時期は平成四年秋ころとされているが、右メモの内容は「(被告会社に平成四年)五月に四億円位損金を作り、六月、七月で三億九〇〇〇万円位の利払いを作(る)……差額一〇〇〇万円位当社(ジャプロ)の手数料となる」となっており、実際の取引は、被告会社には平成四年五月に約六億五〇〇〇万円の損が、六月、七月に約六億四〇〇〇万円の益が出ており、客観的事情と齟齬している上、既に取引が済み被告人から問い合わせがあろうはずもない秋ころに作成されたという作成の経緯も不自然であって、右メモの内容は信用できず、右メモの作成経緯等に関する中條の供述も不自然で矛盾があることなどを指摘する。
しかしながら、(1)中條は、手数料が決まった時期を尋ねられて「五月ころでしょうね」とも供述しているが、右供述は、弁護人も指摘するように、尋問者である検察官から種々記憶を喚起する尋問をされた上でようやく出てきた供述であって、その供述経緯や文言に照らして「五月の段階で報酬が一〇〇〇万円と決まっていた」という趣旨であるとは必ずしも理解できないし、中條は、他方で「五月ころに被告人から、五月に損を出して、六月、七月に益を出し、その差額をジャプロの手数料にするという話を持ちかけられ、取引が終わってみてその差額が一〇〇〇万円と分かった」と供述もしており、右供述は「五月ころに、損益の差額を報酬とするとの合意をし、取引が終了してみてその額が一〇〇〇万円であると分かった」という趣旨と了解できることからすると、中條が、自己の記憶に基づいて明確に、五月当時から差額が一〇〇〇万円と確定していたと供述しているとはいいがたい。(2)中條証言には、メモの内容や作成経緯について混乱した部分があり、前後で矛盾するところがあることは確かであるが、「五月ころに被告人から五月に損を出して六月、七月に益を出し、その差額をジャプロの手数料にするという話を持ちかけられて、これに応じた」という核心部分は明確で揺らいでおらず、また、この核心部分の記憶は右メモに依拠して喚起されたものではないから、メモに関する中條証言の混乱・矛盾は、その記憶の曖昧さや混乱に由来するものと思われ、中條証言の全体の信用性までも疑わせるものではないというべきである。
4 被告人の供述とその信用性
被告人は「中條に伝えたわけではないが、少し儲けて翌期の相場の元手を稼ぎたいと考えたが、六月、七月で被告会社が利益を出すだけだと、ジャプロの客が出した損失分をジャプロが被告会社に支払わねばならなくなりジャプロが困るので、五月には被告会社が損を出してジャプロの客に利益を得させ、ジャプロが六月、七月の取引で被告会社に支払うべき資金を得させようとしたのであって、この時期の取引は正当な取引である」旨供述する。
しかしながら、これまで被告会社とジャプロとの間には、被告会社の支払った金額の九割を裏金で戻すという架空取引(海外取引<1>)しかなかったのであるから、被告人が何も伝えていなければ、中條は、これまでどおり、架空の客が向かい玉を建てたようにした上、五月手仕舞いの取引では、損失金の九割を裏金で戻しながら、六月、七月手仕舞いの取引では、取次業者であるジャプロとして、被告会社に生じた膨大な利益に相当する金員を支払わなければならないことになるはずであるから、中條としては、このような予想外の事態への対応に苦慮し、被告人に対して何らかのクレームを付けてもしかるべきところ、そのような事情は全くないのであって、被告人が従前の裏金取得を目的とした海外取引<1>とは異なる形態の注文を出すことを中條に伝えていなかったとは考えられない。このような混乱が生じなかったのは、被告人と中條との間で、中條の供述するような経緯があったからであるとみるのが自然であって、被告人の供述は信用できない。
なお、弁護人は、被告人が右弁解のとおりの意図を中條に伝えなかったことは不自然ではない旨主張する。しかし、その主張は、被告会社からジャプロに出される注文と反対の注文をジャプロ側で架空の客に出させることを被告人が認識していなかったことを前提とするものであるが、前示のとおり、被告人にはその認識があったものと認められるから、弁護人の右主張は前提を欠き失当である。
三 海外取引<2>の性質
以上によれば、被告人は、被告会社が出した注文と反対の注文をジャプロが架空の客を使って出すことで、被告会社が出した損失に対応する利益がジャプロに確保されるという架空取引を行うことで裏金作りをするとの認識のもとにジャプロとの取引を開始し、ジャプロとの間でその認識どおり、架空取引(海外取引<1>)のみを行っていた状況で、ジャプロに対して従前どおりに(それまでと何ら異なるところがなく)注文を出した上、中條に対し、被告会社とジャプロとの間の海外先物取引の注文について、被告会社の各決算期である平成四年五月末及び平成五年五月末までには損失を出し、各決算期の後で利益を出し、その差額をジャプロの報酬とするように申し向けて、そのように手仕舞いをしたのが海外取引<2>である。この海外取引<2>においても、架空客名義の向かい玉により、被告会社の出した損失に対応する利益がジャプロに留保されているのであって(決算期後は、架空客名義の向かい玉に被告会社が出した利益に相当する損失が生じることにより、架空客が先に出したようになっている利益を吐き出させることになる)、被告会社は先物取引により実際に損失を蒙っているわけではないし、そのリスクを負っているわけでもない。このような海外取引<2>も税法上の所得算定の関係では、全体として架空取引とみるのが相当であって、被告人は被告会社の所得秘匿を目的として海外取引<2>を行ったものと認めることができる(海外取引<2>のような取引まで税法上の所得計算の関係で実在のものと取り扱えば、納税義務者は、取引を上手く組み立てて、大きな損失が出ている時期を見計らって手仕舞いをすることにより、リスクを負わないで多額の損失を計上できることになり、明らかに不当な結果がもたらされることになる)。
なお、弁護人は、借名取引は、広く一般の取引において行われているところであって、その法律効果は、名義人の承諾がなければ現実の取引人に帰属し、正規な取引と評価されるものであって、そのような取引は税法上も違法、不正視されるべきではないと主張する。しかしながら、海外取引<2>における仮名ないしは借名取引は、前述のとおり、被告会社の所得を秘匿するための手段として組み建てられたワンセットの取引の枢要部分を構成するものであるから、これが税法上架空取引とみられるのは当然のことであって、弁護人の主張は失当である。
また、弁護人は、海外取引<2>は、国内定期先物取引に必要とする資金を確保し、かつ、この取引から生じる危険を分散して海外先物取引で益出しを図る目的で行われたものであり、決算期を挟んで損失・利益が出たのは、決算期以降に持ち越しても利益が出る見込みのない不良玉を決算期前に手仕舞って、決算期後に優良玉を手仕舞った結果であるが、このような玉の整理は、まさに営業戦略にかかる問題であるから、違法・不当視されるいわれはなく、したがって、これら一連の取引を、期末に利益を故意に圧縮するためになされた所得秘匿工作とみることはできないと主張する。しかしながら、右主張は、海外取引<2>の実態が前記のような架空取引と目すべきものでないか、あるいは被告人にその認識がなかったことを前提とするものであるが、その信用性を優に肯定できる中條証言等により、前記のとおり認められるのであるから、弁護人の右主張も前提を欠き、採用することができない。
第三ザラバ取引<1>及び<2>について
一 証拠関係の概要
被告人は、ザラバ取引<1>及び<2>は仮装の取引ではなく、実体を伴った現実の取引であると供述しているが、そのほかに、ザラバ取引<1>及び<2>の経緯全般について供述をしているのは、仲介業者である福原商事の担当者小走久和以外にはなく、検察官も主として小走供述に依拠して右取引が被告人の仕組んだ架空取引であったと主張している。したがって、検察官の主張どおり、右取引が被告人の仕組んだ架空取引であったということができるかは、主として小走供述の信用性如何にかかわるといってよい。そこで、以下、小走供述の要旨を記した上で、その余の関係証拠とも照らしつつ、小走供述の信用性を検討する。
二 小走供述の要旨
1 被告人から受けた指示内容
(一) ザラバ取引<1>の関係(証言)
被告会社の利益を少なくする方法について、自分の方から被告人にアドバイスをしたことがある。そして、平成三年の三月か四月ころだと思うが、被告人から、二月から五月で損を、六月より以降で益を出したいといわれた。被告人からは、帳面汚し代を支払うこと(相手に若干利益を残すこと)の了解を得ていた。
(二) ザラバ取引<2>の関係(検察官調書《甲一七》)
被告人の方から「有伸(または「大雄」)に(被告会社を相手として)〇〇円ほど(利益を)つけてやってくれ」と言ってきた。その時、どれだけの数量の取引をするのか、売りを建てるのか買いを建てるのかといった具体的なことは言われなかった。被告人からは「間にどこか入れてくれ」などと、被告会社と有伸商事等との間に他の業者を挟み込むよう言われたので、知り合いの業者に間に入ってもらった。同じ人間が経営する会社の間で形式的に取引のあった形を作っただけだとばれやすいので、架空取引であることがばれないように取引の形式を複雑にするために誰かを間に入れてもらいたいと言ってきたのだと理解した。被告人には「間に入ってもらう人には、それなりの帳面汚し代をお願いしますよ」と言って、間に入った業者に利益が残るようにすることを了解してもらった。平成四年一二月に被告人から「有伸から大雄と仲位(被告会社)に一〇〇〇万円ずつつけるように」と言われ、長谷部商事や道東糧穀に間に入ってもらった。
2 ザラバ取引<1>及び<2>の方法(証言)
(ザラバ取引<1>の)相手方となる大石商事等には、最初に、損はさせないから被告人と五月と六月でバイカイ振って手数料を稼がして欲しいと伝えた。このように話せば、相手は、被告会社との間の取引を他の者との間で手仕舞いされては困るということを認識したし、また、決算対策とわかったはずである。大石商事等の了解を得た後、福原商事の藤谷に指示して、大石商事等被告会社の相手方の業者が五月までに得をして、六月以降に損をする形の取引を作るように指示し、藤田の作った案を被告人に報告し、その了解が出た後、請求書を作成し、これを双方に請求書を送った。(ザラバ取引<2>について)間に入ってもらった長谷部商事、道東糧穀、宮産業、真浦商会には、先に、間に入ってくれるようにお願いしているが、いくらで売り買いするか、数量をいくつにするかといった具体的な交渉はしていない。その後、(売買成立)報告書等を送っている。(ザラバ取引<1>について)被告人からこれくらいの損を出したいと言われれば、金額も多いことから、被告人から指示を受けたわけではないが、契約が成立したとされる日には売買の合意がなされていなかったにもかかわらず、その後に日付を遡らせて契約が成立したという形(バックデート)を装わざるをえなかった。福原商事の顧客元帳(甲七八)に○(ザラバ取引<1>関係)、△(ザラバ取引<2>関係)の印を付けたものがあるが、これはバックデートした取引である。
三 小走供述の信用性の全体的考察
1 まず、弁護人は、ザラバ取引<1>及び<2>は客観的にも実際の取引である旨主張し、そもそもバックデートした架空の取引であるとする小走供述も信用できないと主張するが、ザラバ取引<1>及び<2>が真実、実際に行われた取引であるのに、小走がこれを架空取引であると虚偽供述をしなければならないような事情を想定することは困難である。小走は、ザラバ取引が架空であることを認めることにより、その点の被告人の認識如何によって、被告会社から手数料を詐取したとされるか、被告会社の脱税の共犯とされる恐れが生じることはあっても、このような話を作ることによって、何か得をすることがあるとは思われない(小走は、本件の共犯者として逮捕・勾留されており、その捜査段階においても、前記のとおりの証言と同趣旨の供述をしていたと窺われるが、自分が罪を免れたいのであれば、ザラバ取引<1>及び<2>が架空取引であることを否認する被告人と同様に、これらの取引は実際に被告人らから注文を受けて取引を成立させたもので、バックデートした架空取引ではないと供述すれば足りるはずである)。藤田証言等バックデートを裏付ける証拠も十分存するので(後記四参照)、この点の弁護人の主張が採用できないことは明白というべきである。
2 小走は商品先物取引仲介業者の従業員であり、他方、被告人が商品取引業界では大物の相場師としてその名を馳せていることからすると、小走としては、現在取引関係がなくとも、将来的に取引関係が再開されることを期待して、被告人に有利な虚偽の事実を述べ立てる恐れは認められても、反対に、被告人に不利な虚偽の供述をする恐れがあるとは認められない。
小走は、自己に不利益な、ザラバ取引<1>及び<2>が架空取引である事実を認めた上、自己の罪責を免れしめあるいは軽減せしめる関係にはないにもかかわらず、被告人の関与・認識等に関する供述をしているのである(小走が勝手にバックデートの取引を作ったのであれば、この取引の関係では被告人には所得秘匿工作をする意思がなかったことになり、納税義務者は被告会社なのであるから、小走が脱税の共犯に問われることはありえない。被告人の関与等があって初めて小走にも脱税の共犯が成り立ちうるのである)。小走は、証言において、本件取引のようにバックデートさせるなどして利益を事業年度間で移すことは、現金を隠すようなことではなかったため、脱税とは思っていなかったし、被告人もそのような考えでやっていたのだと思う旨述べていることからすれば、本件犯行への自己の関与状況に関する小走の供述は、右のとおりの認識から、事の真相をそのまま述べたものと解することもできる。また、小走と被告人のこれまでの関係をみても、小走が自分も罪をかぶる危険を冒してまで、あえて虚偽の事実を述べて被告人に濡れ衣を着せようとするような事情があるようには窺われない。
なお、小走が、被告会社からのザラバ取引の注文を成立させたことにして手数料を稼ぐために架空取引を成立させていたことから、その事実を隠蔽するために、虚偽の供述をしている可能性を検討しても、被告人がザラバ取引<1>及び<2>によって少なくとも五億円以上もの所得を秘匿しているのに対し、小走は、右取引を通じ、福原商事の手数料収入として一五〇七万円余を稼いだに過ぎないのであって(福原商事の賃金体系は、完全な給料制で歩合制ではないから《鴬原証言》、福原商事が手数料を稼いだからといって、直ちに小走個人に利益がもたらされることにはならない)、小走が、巨額の脱税事件の共犯とされるような作り話をするとは考えられない。また、取引業者の従業員に過ぎない小走が、被告人や被告会社の脱税事犯について、実際以上に被告人を悪質に見せかけても、必ずしも自己の刑事責任を軽減させることにはならないのであって、小走供述をみてもそのような虚偽をまじえていると疑うべき兆候は見当たらない。
したがって、小走の供述全体の信用性を疑わせるような事情はないというべきである。
四 その他の関係者の供述
次に、ザラバ取引<1>及び<2>に関する小走以外の関係者の供述をみると、以下のとおりであり、いずれも、これらの取引がバックデートした架空のものであるとする小走供述と一致するものである。
1 福原商事関係者
(一) 藤田博史(福原商事従業員)(証言)
ザラバ取引<1>に関する請求書は、契約の日とされている日に売買の合意ができていないのに、その後日付を遡らせて契約が成立したという形を装ったバックデートしたものである。右請求書は、(平成三年から平成五年までの三年間)小走から「(被告会社の取引相手である)大石商事、乙部米穀、鍋島物産、エーアンドディに五月にこれくらいプラスが上がって、六月分にこれくらいマイナスが出るような商いを作ってくれ」と頼まれて作ったものである。ザラバ取引<2>に関する請求書(甲八〇)もバックデートした取引で、小走から、被告会社に損失が、相手方に利益が出るように取引内容を考えて欲しいとの指示で作成した。
(二) 鴬原知弘(福原商事経営者)(証言)
ザラバ取引<1>及び<2>について、小走や藤田がバックデートによる取引を仮装していたことは、当時薄々分かっていたが、まずいことをしているという認識は全然なかった。業界では、方法は違ってもよくやっていることなので、やむをえない。
2 ザラバ取引<1>の相手方となった取引業者
(一) 山村哲朗(大石商事株式会社専務取締役)(検察官調書《甲五三》)
平成三年四月ころ、小走から「決算がらみで、五月六月の商いを近江さん(被告会社)の関係でやるから、損はさせないから協力して欲しい」との依頼を受け、承諾した。五月に入って、小走から「近江さんの分、一本(一億)位で、手数料を引いて何ぼか残るようにしますから」と言ってきた。五月末ころ、福原商事から請求書や売買成立報告書が送られてきたが、記載されている取引については、単価や数量に関する交渉もしていないし、売注文、買注文は出していない。一月に取引があったことになっているが、その段階では、ザラバ取引の話は聞いていないから、日付も後から遡らせて作ったものに間違いない。
(二) 乙部幸一郎(乙部米穀株式会社代表取締役)(検察官調書《甲四三》)
平成三年四月初めころ、小走から「損さすようなことはないから、五月積と六月積の商いで近江さん(被告会社)とザラバ取引やって欲しい」などと頼まれ、承諾した。五月下旬ころ、小走から「近江さんの分、一億くらいで、手数料を入れても乙部さんに何ぼか残るようにするから、請求書作ります」と連絡を受け、五月末ころ、福原商事から請求書や売買成立報告書が送られてきたが、請求書に書かれた取引については、何の注文も出していないし、交渉もしていない。一月に取引をしたように記載されているが、一月の段階では話はなかったから、日付を遡らせて適当に書き込んだ日付に違いない。請求書に書いてあるのは、単に書類上、適当な日付、単価、数量を書き込んだというだけの架空の取引であった。平成四年四月ころ、小走から同様のことを頼まれた。この時送られてきた請求書にも一月や二月に取引したことになっているが、小走から頼まれたのは四月であるから、日付を遡らせて作ったいい加減なものである。
(三) 浅田義郎(株式会社エーアンドディ代表取締役)(検察官調書《甲四五》)
平成四年三月か四月ころ、小走から「損をさせるようなことにはならないから仲位商事(被告会社)と相対でザラバ取引をしてくれないか。五月積の取引で浅田さんの所に利益が出るようにし、六月積の取引では浅田さんに損が出るようにするけど、トータルではいくらか浅田さんの所に益が出るようにするので、よろしく頼みますわ」と言われ、承諾した。その後、小走か藤田から請求書を手渡され、初めて取引の内容を知った。書類上では、一月と四月に売りを建てて利益を出し、二月、三月、四月に買いを建てて損を出すという内容であったが、単価や数量についての交渉は全くしなかった。
(四) 伊藤源次(鍋島物産株式会社元取締役)(検察官調書《甲五四》)
平成三年四月初めころ、小走から「五月、六月ころにかけて北海小豆のザラバ商いを頼みます、相手は仲位商事(被告会社)の中田(被告人)さんや」と依頼され、承諾した。さらに五月初めころ、小走から「五月に鍋島物産が儲かるようにするから、その儲けを六月に入ったら仲位商事に返してもらうよ、差し引きして少しやけど鍋島物産が儲かるようにするから」「売り買いの注文伝票などはこっちで適当に書いておくから任せてくれんか」と言われ、実体のない架空取引の相手方となって欲しいというものであることが分かった。実際の取引であれば、取引価格や時期は当然のこととして鍋島物産が決めるものであるし、現実に取引をしてみなければ利益が出るかどうかは分からないはずだからである。平成四年にも、四月初めころ、小走から「去年やったような恰好でまた仲位商事との取引を頼んますわあ、任せてね、ちゃんとするからね」と頼まれ、同様の架空取引をしたし、平成五年にも、五月初めころ、小走から「仲位商事との取引を今年もまた頼むね、任せてね」と頼まれ、同様の架空取引をしている。これらの取引については、取引年月日、取引価格、取引量等についての連絡は小走から全くなく、五月中旬になって福原商事から売買成立報告書や請求書がまとめて送られてきて、取引の内容が分かるような有様だった。
3 ザラバ取引<2>に関与した前記山村哲朗(検察官調書《甲五三》)
平成四年四月初め、小走から「近江さん(被告会社)の関係でまた協力を頼みたい、今度は、間に入ってもらえますか、損はさせませんから」と言われ、承諾した。同年五月終わりころ福原商事から請求書や売買取引報告書が送られてきた。大雄商行や有伸商事と取引したことになっているが、初めて聞く名前の会社であった。同年一月に取引があったような記載になっているが、取引について単価や数量の交渉はしたことがないし、小走から依頼を受けたのは同年四月初めころだったので、日付を適当に後から遡らせて書いたものに間違いない。
五 小走供述及び右関係者らの供述に関する弁護人の主張について
1 弁護人は、小走供述及び右四の関係者らの供述には次のような不自然で不合理な部分があり、信用できないと主張する。
ア 小走は、被告人からザラバ取引<1>の話を持ちかけられた際、決算対策のための取引であると分かったと供述しているが、被告人から小走に対しては被告会社の決算期がいつかについての話がないのであるから、そのことを知らない小走が決算対策と理解できるはずもない。
イ 山村や乙部は、ザラバ取引<1>について、小走から話を持ちかけられた時期や、それがバックデートさせたものであることについて、当初の供述を変遷させているが、これは、いずれも自己保身のために取調官に迎合した結果である蓋然性が高く、変遷後の前記のような各供述は信用できない。
ウ ザラバ取引<2>について、小走は「被告人から有伸らに仲位商事(被告会社)を相手として儲けさしてやってくれと言われた」旨供述するが、小走は関連会社と被告会社との関係を知らなかったから、このように被告人からいきなり話を持ちかけられ、その言葉から関連会社への利益の移し替えを実行したという小走の供述は不自然である。
2 しかしながら、弁護人の右主張については、次のように説明することができる。
ア 被告人が持ちかけたザラバ取引<1>は、ある時期を境に損失と利益を出すというものであるところ、乙部が「決算期の前で損を出してその期の利益を削り、決算期後にそれに見合う分の利益を出すということは、商品取引業界ではよく行われることである」旨供述し(検察官調書《甲四三》)、山村も同趣旨の供述をしている(検察官調書《甲五三》)ことからすると、商品取引業界に精通していたと思われる小走が、被告人から持ちかけられた話から決算対策と察することはさして不思議なことではない。
イ 山村や乙部は、供述を変更した理由について、小走との関係などに言及して具体的に供述しており、他方、同人らは、ザラバ取引<1>の相手方の関係者に過ぎないことからすれば、取調官が利益誘導によって供述を変更させたとまでは考えがたいところであって、同人らの供述に変遷があったとしても、変遷後の供述の信用性を減殺するものではない。
ウ 被告人の供述するところによれば、通常のザラバ取引で被告会社の建玉に向かってくる者が見付からないときは、小走に有伸商事などの関連会社の名前を上げて被告会社と取引をさせていたというのであり、小走も「有伸商事については、中田社長(被告人)の口からはっきりと『ワシの会社だ』と聞かされた」と供述し(検察官調書《甲一七》)、また、「定期市場で注文を出すのに枚数制限があるから、有伸とかいろいろの名前を聞いても、初めから、これはみんな被告人の口座名ではないかと思っていた」旨の証言もしているのであるから、それまで被告会社と有伸商事らとの関係を被告人から具体的に聞かされていなかったとしても、被告人から「有伸らに仲位商事(被告会社)を相手として儲けさしてやってくれ」と言われて、被告会社の関連会社への利益の移し替えを実行したとする小走の供述に何ら不自然なところはない。
以上のとおり、小走供述及びこれを裏付ける関係者の供述の中で弁護人の指摘する点は、いずれも合理的に説明ができ、不自然、不合理とはいえない。弁護人の主張を検討しても、小走供述の信用性は些かも損なわれないのである。
六 被告人の小走に対する指示内容と取引の架空性の認識
以上検討してきたところによれば、ザラバ取引<1>及び<2>がバックデートした架空取引であったことは明らかである。
ところで、小走供述中、ザラバ取引<1>及び<2>について小走が被告人からどのような指示を受けていたのかに関する部分については、直接これを裏付ける関係者の供述等はないが、「被告人との間のやり取りの中において、被告人から具体的な注文を受けたことはなく、ただいくら利益を上げるとか損を出すといった話しかなかった」という根幹的な点については、小走供述は一貫しており、被告人からの指示どおりに損益が出るような取引を仮装したというそれ以後の客観的な状況ともよく整合しているのであって、被告人からの指示内容に関する小走供述も十分信用することができる。
小走供述によれば、被告人と小走との間で、バックデートして架空取引を成立させるという明示的なやり取りはなかったものの、被告人は、小走に対して「五月に損が出て、六月に益が出る取引をするように」あるいは「関連会社に益が出るように取引する」といった指示をしているのであって、あらかじめ必ず損を出すように玉を建てることは不可能であるという先物取引の性質からすれば、右のとおりの指示を出せば、小走としては、実際の相場の結果が分かってから、取引があったように仕組むほかに被告人の要求を充たす方法のないことは、この業界に精通した被告人としても当然理解していたはずである。したがって、被告人は、本件取引が架空取引とならざるをえないことを十分認識した上で小走に対して指示を出していたと優に認めることができる。
七 ザラバ取引<3>との関係について
1 問題の所在
ところで、小走は、ザラバ取引<1>及び<2>に関する証言のほかに、検察官が本件において被告会社の実際所得金額の算定につき、所得秘匿工作とは取り扱っていない別のザラバ取引(以下「ザラバ取引<3>」という)についても、被告人の依頼によりバックデートした取引である旨供述しているところ、弁護人は、小走がザラバ取引<3>について右のとおり供述しているにもかかわらず、検察官がこの取引に係る分を右のように取り扱っていることは、ザラバ取引<3>が正規の取引であることの証左であり、これに反する小走供述は虚偽である旨主張する。
ザラバ取引<3>の関係を検察官が右のように取り扱っているからといって、検察官においてこれが正規の取引であることを認めているということにはならない。本件において、検察官が所得秘匿工作として主張している四つの取引によるほ脱所得だけでもすでに膨大な額に達しているところ、国税当局や検察官としては、ザラバ取引<3>も所得秘匿工作ではないかとの疑いを持ったとしても、所得秘匿工作と断定し、これによる秘匿所得の金額を合理的な疑いを容れる余地がないほどに証明するためには、この取引やその関連取引の実態を解明し尽くさなければならず、関係者が後述のような動きをみせていることもあって、その解明にはなお多くの時間と労力を投入しなければならないと判断し、訴訟経済の観点をも考慮して謙抑的にこれを断念したものであろうとみることも可能である。ザラバ取引<1>及び<2>に関する前記のような証拠関係からみても、ザラバ取引<3>が正規の取引であるか否かは、前者が架空取引であるとの判断に重大な影響を及ぼすとは考えられないが、既に説示したとおり、ザラバ取引<1>及び<2>に関する被告人の指示内容・認識等については、小走供述が決め手ともいうべき重要性を有するのであるから、ザラバ取引<3>については、これに関する小走供述に、ザラバ取引<1>及び<2>に関する供述の信用性にも影響を与えるような問題点があるか否かを判断するに必要な限度において検討を加えることとする。
2 小走供述(証言)の要旨
被告会社と伸幸、高千穂、ナイル、山大商事、上三商事、大栄商事、オリエンタルファイナンスといった会社との間の取引を仲介しているが、被告会社と相手方の業者の双方に連絡を取って、事前に数量、価額を決めてもらって、その上で合意をさせるという形の取引ではなく、バックデートした取引であり、これは、被告人から、被告会社の負担で相手方の会社に利益をつけてやって欲しいという依頼があったものである。福原商事の顧客元帳(甲七八)に記載されている取引のうち、×印を付けてあるのがこれらの取引である。
被告人が国税の調査を受けた後、江上和範が福原商事に来て、一緒にこれらの取引で被告会社の相手となった会社を回り、利益を上げた分については税務申告をするようにお願いし、自分と元々知り合いであったことにしようと話し合った。この際、(順序の記憶ははっきりしないが)被告人から電話で「ザラバの相手は福原が探してきたところだな、福原が探したんだな」とか「名古屋の伸幸に行ってくれ……一度も会っていないのに商売しているから、一回行って挨拶をしてきてくれ……江上君が行くから」などと言われたことがある。
3 その他の関係者の供述
また、ザラバ取引<3>に関して、関係者は、それぞれ以下のような供述をしている。
(一) 伊藤源次(鍋島物産株式会社元取締役)(検察官調書《甲五五》)
平成四年八月ころ、小走から電話で「仲位商事(被告会社)がどこかの会社と売り買いの取引をするのに鍋島物産に間に入って欲しいと言っているんだが頼まれてくれんか」などと言ってきた。既に架空取引に関与していたし、相手を小走が適当に見付けてくるというのであるからまた架空取引と分かった。私が「鍋島も儲からなきゃ駄目だよ」と言うと、小走が「ちゃんと口銭を出すようにするから、任せてくれ」と言うので「それなら良いよ」と承諾した。その後、九月ころから、福原商事から鍋島物産に対して、売買成立報告書が送られてくるようになった。取引の相手である斉藤祐二ら三人の個人業者には心当たりがなく、売買成立報告書でこのような者と取引をしたことになっていることが分かった。平成四年末ころ、小走から「また来年も今年と同じやり方で頼みます」と依頼され、承諾した。売買成立報告書では有限会社ナイル、株式会社三共設計などが取引の相手となっているが全く心当たりがなく、売買成立報告書を見て取引が分かった。
(二) 永島祐二(株式会社三共設計代表取締役)(検察官調書《甲五七》)
平成四年一二月末ころ、知り合いの岡野から電話で誘われて、喫茶店でやくざのような男(江上和範を指すと認められる)を含む三人の男と会い、三共設計の経営状況や決算期を聞かれた。それから一か月ほどして、また、このやくざのような男に会い、この男から「三共設計がある会社と商品取引をして儲けたことにする、その分は申告して下さい、儲けた金は三共設計の口座に振り込むので払い戻して欲しい、そのうち一五パーセントを謝礼として上げる」との話を持ちかけられ、三共設計の債務の返済資金になればと思い承諾した。その後、請求書や売買成立報告書は送られてきたが、自分の会社で商品取引の注文をしたことは実際になく、商品取引で利益が上がったとして会社の口座に入金された金のうち、一〇ないし一五パーセントを報酬として受け取った。平成五年一〇月ころ、この男が小走らを連れてきて「国税がきたら実際の取引だと答えて欲しい」と言って来た。なお、仲位商事という会社(被告会社)も中田厚という人(被告人)も知らない。
(三) 松島惟夫(上三商事株式会社代表取締役)(検察官調書《甲三七、三八》)
平成五年一月下旬ころ山大商事の竹内一夫からザラバ取引の話があり「中田社長(被告人)が仲位商事(被告会社)の利益で上三の赤字を埋めて黒字にしたらと話している」と言われ、赤字を消す程度の取引をしたことにして被告会社の黒字を削ろうとしていると理解し、自分も苦しいので話を受けることにした。数日して福原商事から、平成四年一一月四日から平成五年一月一八日にかけて、被告会社との間の取引で、上三商事が利益を上げた旨の請求書が届いたが、取引が始まった平成四年一一月当時には、被告人とは付き合いがなく、被告会社との間での取引は全くなかった。竹内から話があったのは、平成五年一月下旬のことであるから架空の取引である。その後もう一度、平成四年一一月四日から平成五年一月一四日の間の被告会社との取引で上三商事が利益を上げたことになっている内容の請求書が福原商事から届いた。その後、平成五年三月下旬になって、竹内から儲けた金を裏で返せと言ってきた。
平成五年一〇月ころ、「仲位商事(被告会社)に国税が入った」とのうわさが広まったが、そのころ東京穀物商品取引所で、竹内から、福原商事の小走と鴬原を紹介されたが、初めて口をきく人だった。小走から「ずっと前から取引をしていたことにして欲しい」などと頼まれた。そのころ、被告人からも「自分で商いをしたことにしておいてくれ」、「国税には上三商事が自分でちゃんと注文を出して行った取引だと言ってくれ」と言われた。
(四) 江上和範(証言)
私は、商品取引業を営む岡地株式会社に勤める傍ら、高千穂交易株式会社及び有限会社ナイルを自営して商品取引を行っているが、被告人の自宅(被告会社の所在地も同じ)に出入りするうち、被告人から取引の内容を教えられたことはないが、被告人が定期取引での仕手戦のヘッジにザラバ取引を利用し、ザラバ取引で損を出していることを感じ取り、ザラバ取引で被告会社の相手方になると必ず儲かるとの確信を持った。福原商事の小走に連絡し、被告会社から出た玉は高千穂交易で受けると伝えた。その後、ナイルの名義でも取引をし、また、大栄商事、伸幸、三共設計も私の紹介で小走を通じて取引をした。伸幸は私が個人的に金を借りていたことから、大栄は私が友人として出入りしていたところ、経営が苦しいと聞いていたことから、紹介した。三共設計は、高校の後輩の永島から金を貸してくれと頼まれ、金を貸す代わりに取引をさせた。注文は私が指示をしたことが多かったが、小走から被告会社が注文を出したという連絡を受けたこともあり、紹介した会社についても私が注文を出していた。平成五年一〇月、小走らと一緒に、伸幸、大栄商事、三共設計をまわって、税務申告をすることを頼むとともに、今後も取引をお願いするという趣旨の挨拶をした。
(五) 竹内一夫(山大商事株式会社の社員)(証言)
平成四年ころ、小走から「おいしい話があるから一口乗らないか。他の人も紹介してくれないか」と持ちかけられて、世話になった友人等七名の名前を出し、二〇〇万円から三〇〇万円程度の損であれば自腹を切って精算すればよいと考え、一切を小走に任せてこれら七名の名義で取引を行った。その後、一、二週間してから、相場で損をしていた上三商事の松島惟夫やオリエンタルゴルフの日暮弘などにも証拠金の要らないザラバ取引で勝負させようと考えて小走を紹介したが、松島や日暮は小走と直接連絡を取って取引をした。平成五年一〇月、小走らが会社にやってきて松島と日暮を紹介して欲しいというので、取引所に連れていって松島を紹介した。小走は型どおりの挨拶をしただけで、税務申告の話や、今まで知り合いだったことにするとかいった話はしていない。小走が挨拶に来たことについて、被告人からの指示は一切なかった。
4 検討
(一) 小走供述は、伊藤、永島及び松島の各供述と符合し、また、その内容自体をみても特に不自然なところは見当たらず、信用性に特段の疑いを差し挟むべき事情は窺われない。
弁護人は、松島は被告人から仮差押えを受けたことなどから逆恨みをして虚偽の供述をしていると主張する。しかし、弁護人の指摘する被告人による仮差押えの問題は、平成五年九月九日、松島が被告人に対して債務を弁済したことにより、問題が解決しており(弁二三の合意書《写》参照)、松島が被告人に相場で負けたとすることも含めて、松島が検察官に対して供述した、平成六年一一月から一二月ころまでの一年以上もの間、弁護人の指摘するような事情が尾を引いていたとは考えがたい。仮に、弁護人の主張するとおりザラバ取引<3>が実在の取引であるとすれば、松島は被告会社との間のザラバ取引<3>により、現実に約八〇〇〇万円もの利益を上げたことになるのであるから、松島が大きく儲けさせてもらった被告人を恨むなどとはおよそ考えがたいところで、なぜ松島が国税査察官及び検察官に対して前記のような供述をしたのかの説明は不可能といっても過言ではない。虚偽の事実を述べてしまったとする松島の東京国税局の担当官に宛てた「申し出書」(弁二六)も、なぜあえて虚偽の供述をしてしまったのかについては抽象的であいまいな説明しかなく信用しがたい。弁護人のこの点の主張は採用できない。
そして、伊藤は商品取引業等を営む鍋島物産の元取締役であるが、同人に被告人をことさら虚偽の罪に陥れようとするような事情があるとは窺われず、永島は建築設計会社の経営者で、これまで商品先物取引とは縁がなく、被告人との接点も全くないから、被告人に不利な虚偽の事実を述べ立てるとは考えられない。
(二) 他方、江上及び竹内の両名は、被告人と付き合いの深い商品取引業者であり、被告人を庇って被告人に有利な虚偽の事実を述べ立てる可能性があることは否定できない(特に江上は、自ら認めるように、被告人の自宅に毎日出入りして家族のようにしてもらっていたというのであり、そのような虚偽供述への誘因は一層強いと考えられる)。そして、両名の供述内容について検討しても、次のとおり、不自然な部分が多いといわざるをえないから、両名の供述はたやすく信用することができない。
ア 江上供述では、まず、どのような経緯で被告人がザラバ取引で損を出していることが分かったのかについて具体的な説明ができていない。そして、相場に強い影響力を持つ被告人といえども、ザラバ取引の相場が必ずその思惑どおりに動く保障はないのであるから、被告人がザラバ取引で損を出していることを察知していたからといって、儲かると思って被告人の玉を拾ったとする江上の供述は必ずしも説得的ではない。まして、知人が資金繰りに困っていたなどという事情があったとしても、商品取引とは無縁であった知人にも先物取引をするように勧めるというのは考えがたく不自然といわざるをえない。
さらに、江上は、小走らと一緒に、伸幸、大栄商事、三共設計を回ったことについて、税務申告をすることを頼んだと供述しているが、その程度のことであれば、江上自身が電話で連絡すれば十分足りるはずで、わざわざ、小走らを連れて会いに行く必要はないはずである。江上は、今後も福原商事との取引をお願いするという趣旨の挨拶をする目的もあったというが、右三社は、被告会社の出したザラバ取引の建玉を拾えば儲かるという江上の紹介で先物取引を始めただけであるというのであれば、被告会社に国税当局の査察が入り、これまでのようなうまみのある話が続くかどうか分からなくなっている時点で、さらに福原商事と取引を続けてくれるように依頼したというのも不自然である。
イ 竹内供述は、まず、小走から具体的にどのような話を聞いて、どのような理由で小走の話がうまい話と考えられたのかという点について具体的な根拠が明らかでなく、説得的でない。そして、竹内も自認するとおり、うまい話といってもそれは話を持ちかけた小走の相場観に過ぎないのであって、実際に取引の結果が出ないと損をするのか益が出るのか分からないのであるから、小走に一切を任せて取引を行わせたというのも合理的とはいえず、取引開始後も、取引の経過を小走に問い合わせるなどして取引の収支について積極的に関心を払っていた形跡が窺われないのも不自然である(竹内は「平成四年一二月中旬に伝票が送られてきた。平成五年正月に弟が伝票を持ってきたのを見たところ、利益は二〇万円か三〇万円程度だろうと思っていたが、二〇〇万円近くあった」と供述しているが、弟からの知らせを受けるまで、自ら進んで取引の結果を確かめたりした形跡はない)。特に、竹内は、二〇〇万円から三〇〇万円程度なら損が出ても自腹を切ればよいと考えていたというのであるから、小走の相場観に反して損が出た場合でも予想外の額に損失が拡大しないように何らかの特別の配慮をしてしかるべきであるにもかかわらず、このような配慮をした形跡が一切窺われないのも不思議である。また、仮に儲かるという話がそんなに確かなのであれば、そんなうまみのある話をなぜ同業者の松島や日暮にわざわざ教えてやったのかということも、そのようなことをしなければならないような特別な関係が竹内と松島や日暮との間にあったとは窺われないことからすれば、理解に苦しむといわざるをえない。
(三) 以上のとおり、ザラバ取引<3>に関する小走の供述内容を否定する江上及び竹内の各供述は、不自然、不合理なところが多く、たやすく信用できないのに対し、小走の供述は、特段不自然さを感じさせるところがなく、これに符合する複数の供述も存することからすると、ザラバ取引<3>に関する小走の供述の信用性には、本件起訴にかかるザラバ取引<1>及び<2>部分に関する小走の供述の信用性に影響を与えるような問題点があるとは到底認められない。
八 被告人の供述の信用性
これに対して、被告人は、調査及び捜査の段階から一貫して、ザラバ取引<1>及び<2>について、小走に対して具体的に注文を出しており、小走から取引の結果の報告も受けていたと供述し、小走に対して「相手を探し、五月に損をして六月に儲かるようにして欲しい、相手には多少利益を出してくれ」と指示したことを否認しているので、その信用性について検討する。
被告人は「小走に対して具体的に注文を出していた」と供述しているが、仮にそのとおりの経緯であったのであれば、なぜ小走がわざわざバックデートした取引を行う必要があったのか、小走が被告人の指示を受けた後にとった行動についての合理的な説明がつかないといわざるをえない。なぜ小走がこのような行動に出ることになったのかについて、この業界の実情に精通しているはずの被告人も、何ら納得のいくような説明や推測をなしえていないのである。
弁護人は、小走が手数料を稼ぐために、実際には取引が成立していないのに成立したことにして被告人に報告し、後で懇意にしている業者を相手として架空取引を作出していたことから、被告人の意向とは無関係にバックデートした取引を行ったものである旨主張する。しかしながら、小走供述についてこれまで述べてきたところのほか、被告人が正規の取引の注文を具体的に出しているとすれば、注文どおりに売買が成立したとする時点では、それに向かう建玉に利益が出るか損失が出るかは全く不確定なのであるから、小走としても、その相手方に損はさせないからと言って、バックデートさせた架空取引を成立させるような危険を冒せないはずであることをも併せ考えれば、弁護人の右主張は成り立ちえないというほかない。
以上のとおりであって、被告人の前記供述は信用できない。
九 弁護人のその余の主張について
1 定期取引への影響やリスクヘッジ等の目的に関する主張について
(一) 弁護人は、ザラバ取引<1>及び<2>は、小豆の国内定期市場に影響を及ぼし、その結果、定期取引において利益を得ることを主たる目的とし、一部、営業戦略上のリスクヘッジを目的として、あるいは不良玉の処分を目的として、現実に行われたものであり、仮にこれらが架空取引であったとしても、被告人には架空との認識がなかったものであって、そのことは、被告会社の国内定期取引の状況やザラバ取引<1>及び<2>が行われた状況から明らかであり、ザラバ取引<1>及び<2>は被告人が被告会社の決算期前に同社の利益を圧縮する目的で行ったものではない旨主張する。
(二) しかしながら、右主張は、ザラバ取引<1>及び<2>が架空ではなく、あるいは被告人にその認識がなかったことを前提とするものであるところ、その信用性を優に肯定できる小走その他関係者の供述によれば、右各取引は架空取引であり、そのことは被告人も認識していたとの事実は動かしがたいのであって、弁護人が右主張の裏付けとする各事情も、この事実を覆すに足りるものとはいえない。弁護人の右主張は前提を欠き採用の限りでない。
2 ザラバ取引<2>と所得秘匿目的との関係に関する主張について
(一) 弁護人は、次の事情を考慮すれば、被告人が所得を秘匿する目的でザラバ取引<2>を仮装したとするのは、一般人であれば取るはずのない不合理な行動であると主張する。
ア 関連会社に利益を移す目的であるとするなら、仲介業者の小走に仲介を依頼する必要はないはずである。
イ この取引の関係で秘匿されたとする税額に比べて手数料などの脱税経費が高額である。
(二) しかしながら、弁護人の主張は、以下のとおり失当というべきである。
ア 被告会社と関連会社との間で仲介業者を介さずに直接取引しただけなら、利益を形式的に移動させただけと見られる恐れがあることからすると、真実の取引により利益が移転したと見せかけるため、あえて仲介業者を利用することは何ら不自然ではない。
イ 被告会社が福原商事に支払ったザラバ取引<2>に関する手数料は合計一四〇万円であり、架空取引により間に入った業者に残された利益(帳面汚し代)も六八八万円で、脱税経費は合計八二八万円であるのに対して、被告人が秘匿した所得は一億五〇〇〇万円以上で(期首に架空の利益を計上したことにより、期末に計上した架空の損失と結局相殺されたことになると考えても、なお一億円を上回る所得が秘匿されたことになる)、脱税経費に比べて秘匿された所得が過少であるとは必ずしもいい切れない。加えて、被告人が、海外取引<1>においてジャプロに支払った手数料及び架空の損金のうち、一割を脱税報酬としてジャプロに残していたことをも考えると、ザラバ取引<2>における脱税経費が、被告人の行動の合理性に疑問を生じさせるほど高額なものとは到底認められない。
なお、関連会社の納税状況をみても、有伸商事株式会社については、平成四年一二月期の申告所得金額が二三七五万五七〇七円で、ザバラ取引<2>による売買益が二七六〇万円、平成五年一二月期の申告所得金額が一二〇七万二六四三円で、ザラバ取引<2>による売買益が五一二四万円、有限会社大雄商行については、平成五年八月期の申告欠損金額が六一万九六一八円で、ザラバ取引<2>による売買益が一一〇四万円となっており、赤字会社である関連会社に売買益を計上することにより、納税額が低額になっている事業年度が少なくない。
一〇 まとめ
以上によると、ザラバ取引<1>及び<2>はバックデートした架空取引であり、被告人もこれら取引が架空であることを十分認識していたものと認められる。
第四結論
結局、海外取引<1>のみならず、海外取引<2>並びにザラバ取引<1>及び<2>のいずれもが架空取引であり、右各取引により計上された損金は架空の損金であって(その金額は前記第一の一に記載されているとおりである)、被告人にその架空性の認識があった(海外取引については取引の架空性の程度について若干の錯誤があったことは前述したとおりである)ものと認められるから、右損金を計上して被告会社の本件各法人税確定申告に及んだ被告人は、故意に虚偽過少の確定申告をしたものであり、判示のとおり、不正の行為によって被告会社の法人税をほ脱したものと認めることができる。
(量刑の理由)
本件は、商品先物取引等を目的とする被告会社の代表取締役である被告人が、海外商品先物取引及び国内小豆ザラバ取引(市場外の相対取引)による架空の売買損を計上するなどの方法により被告会社の所得を秘匿し、三事業年度にわたって合計一〇億二九〇六万円余の法人税をほ脱したという大規模な脱税事案である。
本件のほ脱税額は稀にみるほどの多額であって、ほ脱率は通算で約五四・七パーセントである。被告人は自らが精通している商品先物取引のシステムを利用し、かつ、自己の商品取引業界における強大な影響力を背景に取引仲介業者らに協力させて、海外先物取引及び国内小豆ザラバ取引での架空取引により、裏金取得を目的として売買損の発生を仮装し、あるいは被告会社の決算期前に売買損の発生を仮装して多額の所得を秘匿したものであるが、発覚を困難にするため、実際に各種の必要書類を整えたり、現実に清算金を振込送金等した後に現金でバックさせたり、取引の間に別の業者を介在させるなどもしており、犯行態様は巧妙かつ悪質といわなければならない。その動機も、犯行を認める部分については、米国で始めた不動産事業により生じた損失を埋め合わせ、その資金を得ようとしたものであるというのであり、犯行を否認している部分については、商品先物取引を大規模に続けるには潤沢な資金が必要であることから、事業年度末には損失を出したことにして納税額を低く押さえ、利益を翌期に持ち越そうとしたものと推認されるが、いずれについても酌量すべき点は見当たらない。犯行発覚後、被告人は、関係者に対し、国税当局等には真実取引があったとの虚偽の供述をするように働きかけるなどしており、犯行後の行状も芳しくない。また、公判廷においても、被告人は、現金で裏金をバックさせた取引の関係では、刑事責任を負うことを認めるものの、その余の取引については、取引の架空性及びその認識を否認し、商品先物取引の専門知識・経験を隠れ蓑にするかのような不合理な弁解に終始しており、真摯な反省の態度を示していない。また、この種事犯は、国民の税負担の公平感にも影響を与えるものであって、一般予防の必要性も軽視できないところである。以上によれば、被告人及び被告会社の刑事責任は、ほ脱事犯としては重大というべきである。
他方、本件のほ脱率は前記のとおりであり、他の巨額脱税事件と比べて高率であるとまではいえないこと、本件犯行のうち、裏金取得を目的とした海外先物取引での売買損の仮装については、商品取引仲介業者から話を持ちかけられたことがきっかけとなっていること、被告人は、右取引については、調査段階の途中から所得秘匿工作であることを認めて反省の弁を述べていること、右取引以外の架空取引については、期末に計上した架空の売買損にほぼ匹敵した額の売買益が、被告会社の翌期の期首に計上され、あるいは、取引の相手方となった被告会社の関連会社に計上されているため、本件脱税額に相当する金額の全額が国庫に納められなかったというわけではないこと、被告会社においては、国税当局のなした更正処分については、行政不服審査手続で争ってはいるものの、本件で争われている部分も含め、本税の全額及び重加算税の半額以上を納付していること、商品取引業界において、本件により被告人が逮捕され、被告会社ともども起訴されたことが広く知れ渡り、被告人及び被告会社とも、相応の社会的制裁を受けていること、被告人は、本件につき三か月以上もの間身柄を拘束されていること、その他被告人の健康状態など被告人及び被告会社のために斟酌すべき事情も認められる。
当裁判所は、以上のほか一切の事情を考慮した上、ほ脱額等からして、被告人に対しては実刑をもって臨むのが相当であると判断し、主文のとおり量刑した次第である。
(求刑 被告会社・罰金三億円、被告人・懲役三年)
平成一〇年一月三〇日
(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 阿部浩巳 裁判官 飯畑勝之)
別紙1
修正損益計算書
自 平成2年6月1日
至 平成3年5月31日
仲位商事株式会社
<省略>
別紙2
修正損益計算書
自 平成3年6月1日
至 平成4年5月31日
仲位商事株式会社
<省略>
別紙3
修正損益計算書
自 平成4年6月1日
至 平成5年5月31日
仲位商事株式会社
<省略>
別紙4
ほ脱税額計算書
自 平成2年6月1日
至 平成3年5月31日
仲位商事株式会社
(1)
<省略>
自 平成3年6月1日
至 平成4年5月31日
(2)
<省略>
自 平成4年6月1日
至 平成5年5月31日
(3)
<省略>